時は1998年2月。
流行の寵児
その名はXML
XとMとL
天下無敵の3人が集まった
まずはXの登場だ
俺の名前はX
エクストリームのX
つまり究極
最強無敵
限界ギリギリぶっちぎり
何しろ、自分でタグを決められる
どんな情報もどんと来い
何でも思いのままに
次に登場はMだ
おっす
俺はMだ
マッスルのMだ
マッチョな筋肉で
どんなデータも支えてみせるぜ
電子出版
マルチメディア
Eコマース
大切な情報
重要な情報
巨大な情報
何でもござれ
そして最後はLの登場
さてどん尻に控えしは
論理の戦士
ロジカルのL
あらゆる情報を
分析、集積、設計だ
スキーマを描け
言語を作れ
セマンティックも意のままに
世界のすべて標準化せよ
究極の論理は
世界を幸福に導く
等しく平等に
あらゆる情報は
全ての人のために
それが理想の論理
そして拍手喝采
XとMとL
この3人が
がっちり手を組み
立ち上がる
観客達は大熱狂
未来の栄光は、この3人の手に
誰もが思った
誰もが信じた
誰もが興奮し
自分が切り開くべき未来を
いつの間にか忘却した
……
ある日誰かが気が付いた
長い時を経て
誰かが気が付いた
世界はまるで変わっちゃいない
XとMとLが切り開くべき未来は
未だに達成されていない
いったいそれは
どういうことだ
皆も気付き、騒ぎ始める
そして始まる人捜し
XとMとLはどこにいる?
それはあまりに困難で
意外に満ちた探索行
やがて見付かる最初の一人
Xは眠っていた
ボツ企画書の中に
ゴミ箱から回収された
その書類に書かれた
素晴らしい未来イメージ
XMLを使った
企業間電子商取引と
Webサービスのシステム連携
その表紙に
無情に朱インクで描かれた
巨大な×印
基礎技術に過ぎないXMLで
いきなり応用システムの
イメージを描くことなど
できなはしない
だから付けられた
×印
Xの本当の姿は
エクストリームではなく
却下を意味する×印
人々は落胆した
しかし、希望はあった
あのマッチョなMなら
強大なパワーで
まだ皆を救えるかもしれない
探せ探せ
Mを探せ!
そしてMは見付かった
オカマバーの奥で
似合わないスカートをはいて
男の客を取っていた
あの筋肉の持ち主が
どうしてここまで落ちぶれる
あらゆるデータを支えると
豪語した筋肉だというのに
Mはポツリと告白した
俺の筋肉は
大飯ぐらいだから
いくら強くても
割に合わない
もっと安い手段で
チマチマ処理した方が
ずっとリーズナブルなのさ
Mは無駄が多く
手間も金も掛かる
そしてMは自分で気付いたのだ
こんな自分が嫌いではないと
むしろ、こんな自分だから好きだと
Mは自分の本性を知った
ナルシストのマゾヒスト
ダメな自分を愛する心
他人からなじられてこそ
喜びに打ち震える
この性格
Mの本当の姿は
マッスルではなく
変態性欲マゾヒスト
人々は落胆した
そしてすがった
最後の希望に
ロジカルのLに
人々は探した
彼の居場所は
他の2人よりも
ずっと遠かった
それは南の無人島
ひっそり一人で
Lは住む
人々は島に押しかけ
そこで目撃した
分厚い原稿の束を
既に書籍100冊分
だがLは言った
完結するにはこの10倍
書かねばならないと
それさえできれば
世界の全ては
論理の力で
統合される
あらゆる不幸は
消去され
理想の世界が現出する
その言葉に
人々は驚喜した
まだ希望はある
Lこそ希望だ
しかし、一人がふっと言った
去年の今頃も同じことを言っていた
原稿の束は10分の1
この10倍書けば終わると
そして原稿は10倍に増えた
それなのにまた10倍という
別の一人が言った
俺は2年前に聞いたぞ
原稿の束は100分の1だった
この10倍書けばできると言った
次々と同じような証言が
人々も間から飛び出す
何のことはない
論理の完成という過去の約束は
すべて反故にされていた
いつまでも続く執筆中
増え続ける原稿の束
どこまで書いても完結しない
完全なる論理
彼に期待する者達は
いつまで経っても
できない論理に
愛想を尽かし
彼から離れた
そして、今は一人
Lは一人
Lは叫んだ
無知な他人の言葉など
邪魔なノイズでしかない
一人になって
時の流れを忘れて
論理を完成させる
そのために無人島に住んだのだ
皆は、そのLを見て
もはや論理的とは
思わなかった
完成時期も論理的に語れない
そんな態度はもう既に
非論理的な
子供の叫び
他人を排除した
痛烈な孤独感
Lの本当の姿は
ロジカルではなく
孤独なロンリー
人々は落胆した
結局、XとMとLは
何ももたらしては
くれなかった
Xはエクストリームではなくペケだった。
Mはマッスルではなくマゾヒストだった。
Lはロジカルではなくロンリーだった。
誰かがぽつりと言った。
もしかしたら
他人を頼ったのが
そもそもの間違いじゃないか?
全てを解決してくれる
凄い人など
本当はどこにも
いないのではないか?
別の誰かが叫んだ
ならばこの私の
この問題は誰が解決してくれるというのか
他の誰かが答えた
みんな自分の問題を抱えて忙しいんだ
おまえの問題は、おまえ自身で
何とかしろよ、と
そして誰も何も言わなくなった
誰もが
自分の問題を
他人に押しつけようとした
後ろめたさを持っていたから
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
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